鳥と魚と僕とポーク

実るほど頭を垂れる稲穂かな

『奢る奢らない論争』に僕の私的意見を少々

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なにやら『奢る奢らない論争』というものが巷で流行っておるようです

そもそもそんなことを考えたこともない僕なのでなんかすごいなぁと見ております

 

そもそも『奢る奢らない論争』とは

「男性は女性にデート代を奢るべき」

 

という定義があるようです

 

言い切ってしまうと「人によりけり」となってしまうのですがそれを言ってしまうと話になりませんのでその回答は一旦不正解ということにしておきます

 

男性は女性に奢るべきということですが

「奢って当然だ」というような気持ちの男性もいると思いますし

「割り勘で当然だ」という女性もいると思います

 

お互いの関係にもよる部分は大きいと思いますのでなかなか難しい問題だと思います

 

ただ『奢るのが当たり前だ』という姿勢自体は少し問題かなとは思います

これは男女ともに言えることです

 

中には奢りたくないと思う人も奢られたくないという人もいるでしょう

 

しかしこういう問題ってなかなか難しいところですよね

 

今回は『デート代』ということですので答えをだすのは難しい

「デート」って基本的にどちらかの気持ちが強い場合に使われる言葉だと思いますので“誘った側が払う”というのはどうかなと

 

女性から誘われた場合でも男性がデート代を払うというのは少し男性が可哀想な気がします

「気がないなら断ればいい」という意見もあるかもしれませんが女性からデートに誘われて断る男性はよっぽどでない限り比較的少ないのではと思います

 

デートなどに誘う場合必ずどちらかが誘う事になるので誘った側がデート代を支払う

 

これが僕個人的な意見です

 

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『デート代を払ってでも誘いたい』

と思えるぐらいの強い気持ちがあれば関係も上手くいくのではと思ったりします

 

基本的に“相手を思いやる気持ち”って大切だと思っていますのでそこまで強い気持ちがないならデートしなければいいですしハッキリ断ればいいと思います

 

誘われた側だった場合だとしても

逆に『自分はこの人にデート代を払えるかな』と考えてみるのもいいかもしれませんね

もし「デート代を払ってもいい」と思えるならきっと関係は上手くいくと思います

 

何でもかんでも『デート代は男性が払うものだ』という感覚はよろしくないのではと思います

中には『誘われたからデートしてあげている』という感覚の方もおられるかもしれませんが

 

冷めた感覚かもしれませんが

『この人にデート代を払えるか』

という基準でデートをするというのも一つの方法としてはアリだったりするのかなと思っております

 

皆さんはいかがでしょうか