鳥と魚と僕とポーク

実るほど頭を垂れる稲穂かな

話をしていてどうも「面白くない」と感じてしまうあの感覚。その理由とは一体

20221216160907

誰でもいいのですがそこまで親しくない人と話をしているとします

距離感でいうと同じ会社の別部署の人という感じですかね

普通に話はするけど友人という関係でもない

という感じと言いましょうか

 

話をしている時に「この人の話って面白くないな」と感じる時があると思います

 

”面白い話”というのは何も笑いがあるかということではありません

オチがないとかそういうことではありません

 

ムームードメイン

普通の話であっても”面白くない”と感じる時があると思います

 

会話の流れが悪いというのか

話がまとまっていないというのか

 

こういう人って「気が散りやすい」傾向が強いと思います

話がどんどん違う方向に進んでしまって結局何が言いたかったのかわからない

なんて経験ないでしょうか

 

軸がないという感じ

「結局何が言いたいのかな」という疑問

 

気が散りやすいタイプの人っていますよね

仕事の話をしていても誰かが何か別の話をするとそっちに引っ張られてしまう人

 

結局仕事の話が疎かになりうやむやなまま終わる

 

そういう傾向のある人の話は面白くないと感じることが多いように思います

どんどん話したいことが出てきて「あれもこれも話したい」そういう感情を整理せずそのまま吐き出しているのかななんて思ったりします

 

そういう人同士の会話は面白いと思います

同じ空気感を持つ人同士ですから

どちらのテンポにも合わせられるのかなと思ったりします

 

別にそういう人が嫌いだということではありません

ただ話をしても面白いと感じないため疲れてしまいます

 

面白い面白くないって

好き嫌いと同じで個人差がありますから一概に何が面白いとは言えないんですけどね

 

それに比べてなぜか波長が合うというような感覚の人もいますよね

何を話していても面白い、楽しいそう感じる人がいることも事実でして

『どこが』と聞かれたら答えに困るのですが

 

10日間無料お試しはこちら

話のテンポや波長が自分と合う、似ているから面白いと感じるのかななんて思ったりします

 

面白くない人よりは面白い人の方がいいなと思うのですが

そんな簡単に話がうまくなれるようにはなりませんよね

 

話がうまくなるためにはやっぱり会話をたくさんすることなのかな

ですが単純に会話をこなしたとしても話がうまくなるとは限りません

となると

やっぱり頭を使って考えながら話をする人が面白いんだろうなと思います

 

「ゲーム=オタク」いまだにそういう考え方の人もいるんだなと言う話

20230527115218

 

一昔前は「ゲーム=オタク」という式が成り立っていたように感じますが

今の時代は全く違います

 

それはeスポーツが証明していることからもお分かりだと思います

 

と言いますのも今日今僕がプレイしている『ゼルダの伝説 ティアーズ・オブ・ザ・キングダム』の話になり職場の方と大いに盛り上がりました

 

その時に隣で聞いていた人が

「ゲームなんてオタクのするもの」

的な発言をしました

僕自身たまたまゼルダが楽しいからしているだけであり元々ゲームが大好きで〜というわけではありません

ですから一昔前なら「確かに」と納得していたかもしれませんが今はゲーマーにもプロがいますから

 

それを「ゲーム=オタク」と括ってしまうのはとても乱暴すぎるのではないかと感じました

 

僕が思うに僕とその人が盛り上がっている

その空間に入れないという嫉妬と言いましょうか

屈辱感と言いましょうか

そういった“なんか許せない感”があったのかもしれません

 

いずれにしてもいつまでもそういう色眼鏡で人を見るのは良くないなと思います

 

別にゲームをやらなくても会話に入って楽しむということができないということが何とも悲しいところです

 

そういう人は『常に自分が中心にいたい』と考える人でしょうか

  • 目立ちたがり屋
  • 自己主張が強い
  • 自己顕示欲が強い
  • 我が強い

そういった感じになるのでしょうか

 

スタンダードプラン 詳細はこちら

そういう人って実は寂しがり屋だったりもするのでしょうか

寂しさを紛らわすために自分の主張を通す

 

そういった感覚なのかもしれません

確かに僕も嫉妬心がゼロかと言われたらゼロではありません

「悔しい」と思う気持ちはあります

しかしそれとこれとは別かなとも思うわけです

 

自分が目立てなかったからと言って他人を悪くいくのは結構“最低”な部類に入るな

と感じた一日でした

 

口は災いの元

 

とは本当にうまくいったものですよね

「博学だね」は誉め言葉なのかどうか

20220830200048

最近職場の方に「博学ですね」と言われることが多いです

似た言葉で”博識”という言葉もあります

 

この違いについて調べてみると

 

「博学」は、学んで身につけた学問的な事柄に関して使うことが多い

「博識」は、学問的な事柄だけでなく、政治や社会、文学、芸術など、多方面にわたる知識に広く用いられる

博学(はくがく)の類語・言い換え - 類語辞書 - goo辞書

とありました

この意味で行くと全然学歴もありませんし学問も全くダメな僕は「博学ではない」ということになります

 

きっとその人が言っている意味合いとしては

「色んなことをよく知っていますね」

という意味合いだと思うのですが

僕的に感じることは相手が物事を知らなさすぎると感じます

 

興味のあることはとても詳しいですが

興味のないことはからっきしという方が意外と多いです

 

どういう人とでもある程度話ができるようにするためにはと思い

個人的に全く興味のないことだとしてもほんの少しだけでも知識を持つように心がけています

そうすることで自分の知識も広がりますし

どういう状況でも話が繋がりやすいかなと思っています

 

話をしているときに「知らない」という事が多いよりは「知っている」という事が多い方がメリットは大きいと思います

 

博学だといわれることは喜ばしいことなのかは僕にはわかりませんが

何より「興味を持つ」ことが人より強い傾向にあるとはいえるかと思います

小さいことでも気になってしまうタイプで気になってしまうとすぐに調べる癖があります

 20220628195247

今回の「博学」と「博識」の違いについてもそうです

何となくニュアンスはわかる気がするけど本当の意味は知らない

そんなことが日常的にたくさんあります

 

コンフィデンシャル

コンフィデンス

 

似ている言葉ですが意味は全く違います

こういう微妙な違いを知らずに話をする人はたくさんいます

(僕の周りだけ説が濃厚ですが)

 

小学生の時に父親に

「意味の知らない言葉を使うな」

とかなりひどく説教されたことを今でも思い出します

”なぜ”という理由は忘れましたが今思うと

「意味も知らずに使って間違えた使い方をしてしまうとかなり間抜けに見える」

という事なのかなと

 

コンプレインの意味が分からずその時いた人に意味を聞いたことがあります

するとその人は

コンプライアンスという意味に近い」

と教えてくれました

コンプライアンスとは「法令順守」と言われます

”規則を守る”というような感覚でしょうか

なのでそういった意味だと思っていました

 

ただ数日後に「クレームとコンプレイン」という言葉を目にしたときに

『クレーム』と『法令順守』がセットに使われるのは何か変ではないかと感じて

自分で調べてみると全く違う意味だったということがあります

 

博学かどうかという話ではありませんが

「物事を知る」

「本来の意味を知る」

そういうことは本当に大切なことだと思います

その積み重ねが「博学」につながるのかなと思いました

 

2ちゃんねるの創設者であるひろゆきさんのYouTubeチャンネルなどを見ていると凄いなと思います

どんな質問に対しても的確に答えていますしジャンルも問わない

それだけ色々な知識を持っているということなんだろうなといつも感心してしまいます

 

【GOM Mix】初心者でも簡単な動画編集ソフト

先ほどの意味からいくとひろゆきさんの場合は「博識」なのかもしれませんが

幅広い知識を持っていて損をすることはないと思っています

 

面白いことを言ったとしても相手に伝わらなければ全く面白くありません

そうなると相手も知っている事で笑わせなければなりません

相手の知っていることで面白いことを言おうとするなら相手の土俵に入っていく必要があります

そうなると相手の持っている知識を利用して面白くできるだけの知識が必要になります

 

そう考えるとやっぱり色々なことを知っているほうがお得なんだろうなと感じた今日でした

 

正直全然面白いことを言う必要なんてないんですけどね